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仙台地方裁判所 昭和48年(ワ)334号 判決

昭和四八年(ワ)第二四七号事件原告 甲野一郎(旧姓 丙川一郎)

右同事件被告 乙山太郎

昭和四八年(ワ)第三三四号事件原告 乙山花子

右同事件被告 丙川雪子

右第二四七号事件原告、第三三四号事件被告訴訟代理人弁護士 長谷川英雄

同 川辺周弥

右第二四七号事件被告、第三三四号事件原告訴訟代理人弁護士 小野由可理

主文

第一、昭和四八年(ワ)第二四七号事件につき、

一、被告太郎は原告一郎に対し、

(一)  金一〇〇万円とこれに対する昭和四八年五月二三日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  ルビーの指輪一台(価格金七〇万円相当)を引渡せ。その引渡しが不能なときは、金七〇万円とこれに対する前示日時より完済まで前示利率の割合による金員を支払え。

二、原告一郎のその余の請求はこれを棄却する。

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を被告太郎の負担とし、その余を原告一郎の負担とする。

四、この判決の第一項は仮に執行することができる。

第二、昭和四八年(ワ)第三三四号事件につき、

一、被告雪子は原告花子に対し金五〇万円とこれに対する昭和四八年六月一七日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告雪子の負担とする。

三、この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一、請求の趣旨及び答弁

一、昭和四八年(ワ)第二四七号事件

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し、(一)金三〇〇万円及びこれに対する昭和四八年五月二三日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。(二)ルビーの指輪一台を引渡せ。その引渡が不能なときは金二〇〇万円及びこれに対する前記年月日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

二、昭和四八年(ワ)第三三四号事件

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金五〇万円及びこれに対する昭和四八年六月一七日より完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

(以下昭和四八年(ワ)第二四七号事件及び同年(ワ)第三三四号事件を通じて判断することとし、前者の事件の原告甲野一郎を単に一郎、被告乙山太郎を単に太郎と、後者の事件の原告乙山花子を単に花子、被告丙川雪子を単に雪子とそれぞれ略称する)。

第一、不貞行為に因る慰藉料請求について、

一、当事者双方の身分関係と不倫関係の終始

≪証拠省略≫に照らすと、

(一)  一郎(昭和四七年当時は三五才)と雪子(同上当時は三〇才)は昭和三六年に結婚して同三七年三月その旨の婚姻届をなし、一郎は雪子の姓である丙川を称し、その後両者間に一男二女をもうけ、一郎は農機具製造、販売の会社に勤務して比較的に円満な家庭生活を営んできたこと、雪子は結婚後に○○興業株式会社に臨時に雇われて電話交換手として勤務したことがあるので、子女が成長し、その育成を雪子の母親(同居)に託しても安心できるようになったのを機会に、一郎と相談のうえ昭和四六年九月に訴外○○電機株式会社に電話交換手として勤務するに至ったが、後に認定するように太郎との不倫関係が発覚したため同四八年二月同会社を退社し次いでその不倫関係が原因となって一郎と雪子は同四八年六月に協議離婚し、その頃その旨の届出をして一郎は旧姓の甲野に復し、他方、雪子は離婚後は仙台市内のアパートを借りて独りで居住し、別会社に勤務して生計を保っていたが、雪子の母親(一郎及び子供らと同居している)の病状が悪化したことと、子供達の懇請により一郎も雪子の入居を許し、女中代りと言う名目のもとに同四九年四月頃から両者は同居し、時折は同衾して今日に至っていること。

(二)  一方、太郎(昭和四七年当時は四三才)と花子(同上当時は四一才)との間には二名の子女がおり、太郎は昭和四〇年二月頃に前示○○電機株式会社に入社し、その後昇進して同四五年末か四六年初頃に経理課長の地位に就いたものであり、その間家庭生活は比較的円満に推移してきたところ、後に認定するように、雪子との不倫関係が発覚したため同四八年二月同会社を退社するに至ったこと。

(三)  太郎と雪子の不倫関係は、太郎が雪子を昭和四七年七月中旬頃(二〇日頃)に仙台バイパス沿いのモーテルに連れ込んだことに端を発し(但し、そのときは性交せず)その後の同四八年一月下旬頃まで交際が続き、その間、両者はしばしばモーテルで情交を重ねてきたが、是より先の同四七年一二月頃より一郎は雪子の挙動に、花子は太郎の挙動に、それぞれ疑惑を抱いて糾明した結果、太郎は同四八年一月九日頃に花子に対し、雪子は同月三〇日頃に一郎に対してそれぞれ両者間の不倫関係を逐一告白するに至ったこと。

が認められ(但し、一郎と雪子、太郎と花子が、右不倫関係持続中それぞれ夫婦であったこと、雪子が○○電機株式会社に入社した当時、既に、太郎が経理課長であったこと、そして、その後に太郎と雪子とが肉体関係を結んだことは各当事者の主張及び答弁に照らして争いがない)、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二、不倫関係の発端と継続及びその責任

(一)  不倫関係の発端と継続

≪証拠省略≫を総合すると、

(1) 雪子は電話交換手として総務課に所属していたものであるが、電話交換室の隣室に総務課と経理課が机を並べていた関係から、昼食時などの休憩時間には太郎と雪子は互に雑談を交わすことがあったほか、太郎は自家用車で通勤していたので、帰宅の際はしばしば女子職員数名を同乗させて仙台駅まで送り、雪子もそれに便乗させて貰うこともあって、両者はいつしか親交の度合を深めていたものであり、加えるに太郎は○○市所在の時計店と懇意にしており、太郎が同店に同行すると格安に時計が買えたので、女子職員中にはその恩恵に浴する者も少なくなく雪子も曾ってその恩恵に浴したことがあったところ、雪子は更に時計一箇を買う要があったので、その旨を太郎に頼み、同四七年七月上旬雪子は太郎の運転する自家用車に同乗し、たゞ二人だけで右の時計店に赴いたが、その車中において、太郎が冗談らしく装った口調で雪子に対し「このままモーテルに入ったらどうする」と問いかけたのに対し、雪子が「時計を買った帰えりに話合いましょうね」とこれまた冗談らしい口調で返答し、その日は夕食を共にして別れたこと。

(2) そして、同年七月中旬頃(二〇日頃)の土曜日(同会社は午後三時に閉店)に太郎が雪子をドライブと夕食に誘い、雪子もこれに応じたので、同日午後三時半頃両者が待合せ場所と打合せておいた仙台バイパスボールで、太郎が自家用車に雪子を同乗させて青根温泉方面にドライブしたけれども、どこも満員で夕食するところがなかったので夕刻仙台市に向って帰路についた途中で仙台バイパス沿いのモーテルに車を着け、両者はその一室で夕食をとり、そのときは雪子の抵抗もあって接吻した程度で帰宅したこと。

(3) 同年八月上旬頃の日曜日、一郎が魚釣にでかけたのを奇貨として、太郎はかねて打合せずみの待合せ場所たる雪子の家の附近にあるボーリング場で、午前九時半頃自家用車に雪子を同乗させて山形蔵王温泉に向ったものの、日曜日のこととて昼食をとる旅館もなかったから蔵王山麓に引返えして「○○」と称するモーテルに車を着け両者はその一室で食事をすませ、互に入浴した後初めて情交するに至ったものであるが、その際、雪子は所携のハンドバックからコンドームを取り出しこれを太郎に装着させて肉体関係を結んだこと。

(4) しかして、その後は一郎の出張不在日などをねらって、同四七年一〇月下旬頃までは一週間に二ないし三回の割合で、仙台市内のモーテルを点々と廻って情交を重ね、一一月中旬頃からは、雪子が別れ話などを持ち出したこともあって、両者の仲がやや冷却し、従前ほど繁々と情交を重ねることがなくなったけれども、それでも翌四八年一月三〇日雪子が一郎に責められて一切を告白するまでは(太郎が花子に一切を告白したのは一月九日頃であるが、その後も太郎は雪子と情交していた)、両者の情交関係が継続していたこと。

が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  不倫関係の帰責

この点に関し、一郎は、雪子は太郎に誘惑されて前示のごとき不倫関係に陥り、その後は太郎に暴行、脅迫されてその関係を已むなく継続してきた旨を縷々強調し≪証拠省略≫中にはその主張に副う供述があり、他面、太郎、花子は却って雪子が淫蕩的な言辞を弄しては太郎を誘惑し、もって、かかる不倫関係を作出せしめ、そして、その後は夫たる一郎との夫婦関係の不和を訴えて太郎の同情心を買って不倫関係の継続を余儀なくせしめていたものであって、太郎は寧ろ前示不倫関係の被害者である旨を縷々強調し、≪証拠省略≫中にはその主張に副う供述がある。けれども、太郎は二女の父親で思慮分別も十分な有婦の夫であり、雪子も一男二女の母親でこれまた思慮分別も十分な有夫の婦であることに鑑みれば、次に説示する点を除いては、右の各主張に副う前示供述はいずれもそのままこれを信用することのできないものである。

惟うに、

(1) 太郎は経理課長として社内の風紀を正すべき地位にありながら、先に認定したように、○○市所在の時計店に赴く車中において、雪子に対し邪淫な関係をそそのかすがごとき口吻で暗に雪子の反応を打診し、次いで、食事にこと寄せて、青根温泉方面へドライブの帰途、仙台バイパス沿いのモーテルに雪子を連れ込んで雪子に対する情熱を態度で示すと同時に、雪子の体内に潜む情熱に点火したのであるから、両者の不倫関係の口火は少くとも太郎の右のごとき言動によって切られたものと言うべきであり、反面、雪子もいかに常日頃尊敬している課長であるとしても、たった二人きりで前示時計店に赴く車中において太郎の前示打診めいた発問が如何なる意味を含んでいるかは結婚生活一〇年を超える主婦として容易に看破し得た筈であるにも拘らず、太郎の投げた問いかけを積極的に(明瞭に)拒否するどころか、寧ろ、時と場合によっては暗に太郎の欲望に応じてもよいような曖昧な口吻で応答し、これが結果的には太郎の雪子に対する慕情を駆り立てたこととなり、次いで、人目を忍んで太郎と二人だけで青根温泉方面へドライブすることが極めて危険な火遊びであり、人妻として当然避けるべきであるにも拘らず太郎と行動を共にし、しかも両者が初めてモーテル○○において性交するに当っては、雪子が殊更に携帯してきた避姙具が使用されていることに照らせば、同女は、その日のドライブの結末が両者の性交を招来して終了することを予知していたものと看ることができるので、不倫関係の端緒は雪子の右のごとき言動にも基因するものと言うことができる。これを要するに、不倫関係の端緒は、積極的、能動的に行動した太郎に大きな責任があることは言うまでもないが、消極的受動的とは言うものの、一家の主婦たることを自覚すれば太郎のかかる所為から逃避することは極めて容易と思われるに拘らず、これを回避しようともしなかった雪子にも軽からざる責任があるものと看ることができる。

(2) かくて、ひと度かかる情交関係に陥った後は、両者間に冷却期が到来するまで互に一郎や花子の目を盗んでは逢瀬を楽しんでいたものであるから、不倫関係の継続はいずれをもって誘惑者とし、いずれをもって被害者と断じ難い状態にあったものと看るのが相当である。尤も、≪証拠省略≫に徴すると、雪子が同四七年一一月中旬頃に別れ話を持ち出して以来序々に従前の態度を変えて太郎から遠ざかろうと努めたけれども、太郎が雪子を離そうとしなかったことが認められるところであるから、少くとも同四七年一一月中旬頃から翌年一月下旬に至るまでの不倫関係継続の責任は太郎にあるものと看ることができる。

猶、一郎は、(イ)花子が入院したりして夫婦関係に障害があったため、太郎が雪子を誘惑するに至ったもののごとき口吻を漏らし、また、(ロ)太郎は雪子と関係する以前から他の女子職員と関係があって甚だ女癖が悪い旨を主張しているところ、(イ)については、花子が昭和四六年頃に子宮外妊娠で手術を受け、翌四七年四月には卵巣の手術を受けるため約半月間に亘って入院したことは、≪証拠省略≫に徴して明らかなところであるが、そのことが直ちに一方的に太郎が雪子を誘惑したもの、即ち不倫関係の発端及びその継続の全責任が太郎にあるものと断定するに足りる証拠となるものではなく、寧ろ、男性と女性、課長と女子職員との関係と言う差異に基づく責任の軽重はあるけれども、先にも認定したように、同四七年一一月中旬頃に至るまでの太郎と雪子の結合は謂うなれば魚心あれば水心の譬えのごとき実情であったものと看るのが相当であり、また、(ロ)については、≪証拠省略≫中には、太郎と女子職員間の関係が噂として社内に流れたことがある旨の証言及び供述があるが、これも噂に止まっているのみならず、≪証拠省略≫中にはそのような噂を聞いたことがなく、太郎が女癖の悪い男性であるとの噂も聞いていないことが認められるので、前示≪証拠省略≫をもって、右主張を認めるに足りる証左とはなしがたく、ほかに、右主張を認めるに足りる証拠がないので、一郎の前示主張は採用できない。

三、損害賠償責任(慰藉料の認定)

太郎と雪子間の前示不倫関係が、それぞれの夫であり妻である一郎及び花子に対して甚大な精神的苦痛を与え、延いてはそれぞれの家庭の平穏を著しく害したことは言うまでもないところであるから、太郎、雪子の前示不倫関係の経緯とその他諸般の事情を勘案して、

(1)  太郎の一郎に対する慰藉料は金一〇〇万円

(2)  雪子の花子に対する慰藉料は金五〇万円

をもって相当と認定する。

尤も、この点につき、太郎、花子は、一郎と雪子間の夫婦仲は既に冷却し、一郎は雪子に対して何らの愛情も持たず、雪子の純潔に期待していなかった旨を主張し、≪証拠省略≫に徴すると、一郎が同四七年一二月頃太郎、花子に対して右主張に副う言辞を弄したことが窺われるけれども、≪証拠省略≫に徴すると、一郎がかかる言辞を弄したのは、同人が既に雪子と太郎間の関係が怪しいと感知していたから、殊更に、雪子に対する悪口をねつ造して告げ、もって、太郎と雪子との関係を探和せんとする方策であったことが認められるので、一郎の右言辞をもって慰藉料認定の基準とするわけにはいかない。

第二、指輪の反還請求について、

太郎が昭和四八年一月下旬に雪子に対し「一寸見せて呉れ」と称して雪子の嵌めている指輪一台を受取り、未だにこれを雪子に返還していないことは当事者間に争いのないところ、太郎は雪子が指輪を「捨ててもよい」と言ったので、これを芥と一緒に焼却した旨を主張し、≪証拠省略≫中には、右主張に副う供述があるが、≪証拠省略≫に徴すると、太郎は指輪を取り上げたまま、雪子の返還請求にも拘らずこれが返還に応じなかったことが認められるので、この事実と、一月下旬には既に雪子と太郎の関係が冷却期に入っていた先認定の事実を併せ考えれば、右の各供述は容易に信用しがたく、ほかに右主張を認めるに足りる証拠がないので、太郎は右指輪を返還すべき義務がある。而して、≪証拠省略≫に徴すると(但し、いずれも後記措信しない部分を除く)右の指輪は、一郎が農機具販売特約店のために特段の指導等の援助をした謝礼として、同特約店が謝礼金七〇万円に代えて一郎に対して贈与したルビーの指輪であり、これを雪子が一郎の許しを得て使用していたものであることが認められ≪証拠省略≫中右認定に反する部分はいずれも信用しがたく、ほかに右認定を左右するに足りる証拠がない。してみると、右の指輪は一郎の所有物であるから太郎は一郎に対してこれを返還すべき責任がある。ところで、一郎は右指輪の時価は金二〇〇万円と主張し、≪証拠省略≫中には、右主張に副うごとく、その時価は二〇〇万円ないし金三〇〇万円である旨の供述があるが、かかる高価な指輪を嵌めて平素職場で働いている女子事務職員は(特段の事情のない限り)稀有中の稀有であることは現時点において常識とするところ、雪子が平素からこのような高価な指輪を嵌めているべき特段の事情も見当らない本件においては、右の指輪が金七〇万円の謝礼に代えて贈られたものであることにも鑑みて、右の各供述は全く措信しがたいものである。

以上のような次第であるから、太郎は一郎に対して右の指輪を引渡すべきであり、若しその引渡が不能なときは、その価格に相当する金七〇万円を弁済すべきものである。

第三、結論

本訴状副本送達の日の翌日が第二四七号事件においては昭和四八年五月二三日、第三三四号事件においては同年六月一七日であることは本件記録に照らして明らかである。されば、第二四七号事件における請求は、太郎に対し慰藉料として金一〇〇万円及びこれに対する昭和四八年五月二三日より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、また、ルビーの指輪一台(価格金七〇万円相当)の引渡を求め、その引渡が不能なときは金七〇万円とこれに対する右日時より完済まで右利率の割合による損害金の支払を求める限度において、これを正当として認容するも、その余は失当であるからこれを棄却すべく、第三三四号事件における請求は総て正当として認容すべきものである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野進)

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